【導入事例】CarSimローリングシミュレータを活用した「人間と車両運動特性の解析」
VehicleSim
2021.10.28

【導入事例】近畿大学工業高等専門学校
CarSimローリングシミュレータを活用した「人間と車両運動特性の解析」
トヨタ自動車時代に技術者の「考え方」を学び「気づきの根本」を得て、学生への研究指導につなぐ
【インタビュー】
長年、トヨタ自動車株式会社(以下、トヨタ自動車)にてシャシー設計に関わり、その後、近畿大学工業高等専門学校(以下、近大高専)にて教授を経て現在は客員教授を務める武馬修一氏にインタビューし、CarSimを搭載したローリングシミュレータを使った卒業論文指導や、トヨタ自動車時代に開発に関わったアクティブサスペンションへの熱い思いを伺いました。(インタビューは2021年9月に実施)
【CarSimの利点】
- エラーが少なくて扱いやすく、限界性能を計算するのに便利
- 車がジャンプして車輪が地面から離れても、シミュレーショが続行でき、接地荷重が見られる
- シミュレーションが止まると要因解析が必要になり、作業が中断されるが、CarSimではエラーが少ないため、効率よくシミュレーションが続行できる
- イメージした通りのアニメ制作が可能
- 設計者にとって、アニメーションでアピールできることは社内プレゼンや学会発表時などに非常に重要
- パラメータを自由に変えて結果を体感でき、すぐにアウトプットが得られる
- 若手研究者や学生が楽しんで研究を行うことができる
- 実車走行ではできない走行シーンや故障モードをシミュレーションで検証することができる
「原点に戻って対策を練る」考え方を学んだトヨタ自動車時代
VMC:トヨタ自動車での設計に携わった経験の中で、心に残っているできごとは何でしょうか?
武馬氏:シャシー設計を主に担当していたトヨタ自動車時代に「考え方」を学び「多くの気づき」ができたことが何よりもよい経験でした。波状路でバウンスした際にセミトレーリングアーム式サスペンションのスプリングが外れるというミスが起こったのですが、チームとして「スプリングのあわせが本当に正しかったのか、もう一回、原点に戻って対策をしよう」と、一から設計をやり直しました。スプリングはずれの要因は些細なことでしたが、原因追究や各部署との調整などが精神的にも体力的にもきつかったですね。でも、その経験があったからこそ「原点に戻って対策を練る」という考え方の基本を教えてもらうことができました。
VMC:そのとき「気づき」ができたことが、今、学生への「いかに多くの『気づき』が広く深くできるか」という指導につながっているのですね。
「設計屋」のシミュレーションとの関わり
VMC:CarSimにはどのように関わることになりましたか?
武馬氏:シミュレーションを使っていたのは実験部署が中心でしたが、80年代になると、電子制御化が進み、車をシステムで開発するようになり、87年くらいから設計部署の私もシミュレーションに関わるようになりました。制御も含めた車両運動を見るため、全体のシステムを開発する上でシミュレーションの必要性が高まってきたのです。2002年にシャシーの開発設計に戻ってレクサスの開発に関わったときには、CarSim、Dymola、Simulinkを連携させたシステムを作り、車両全体がシミュレーションできるようになりました。CarSimは、自動車メーカーに使いやすく開発されており、非常に扱いやすいという特徴があります。
「それは本当に正しいのか?もっと楽しく出来ないか?」というクリティカルな思考が近代高専での研究につながる
VMC:近代高専での研究はどのような経緯で始めたのですか?
武馬氏:87年に’89ラインオフのセリカ用アクティブサスペンション(以下、アクティブサス)の開発を開始します。アクティブサスは自由に車の姿勢を変えられることが特徴です。つまり、通常の自動車は正ロールでのコーナリングですが、アクティブサスでは逆ロールも可能になります。社内の評価ドライバによる限界を含めた評価では逆ロールは「違和感を感じる」と言われていて、様々な研究成果をもとに正ロールが望ましいとされていました。しかし、アクティブサスの開発に携わった経験から、「それは本当に正しいのか?」と疑問を持ったのです。
もともと人間が走るときはコーナーでは逆ロール(円の内側に倒れる)となり、それが自然な姿勢です。ところが自動車は、重心が高いところにあるため、遠心力によって正ロールの傾斜が生まれるようになっています。「でも本当は、自動車も逆ロールの方が自然に近くていいのではないか」と考えたのです。
そこで「何が一番いいのかをもう一度見直そう」と、近大高専で研究を始めることになりました。
近大高専でのご研究について補足:学生は、トヨタ自動車から香川大学に譲渡した手作りのローリングシミュレータを使い、正ロール(6°)から逆ロール(-6°)までの広範囲においてドライバとパッセンジャの官能評価と車両特性について考察を行います。結果は、ドライバ席とパッセンジャ席の評価が両立するのは0°~-1°、ドライバの官能評価は-6°が最も評価が高い、という結果が得られました。


目標逆ロール角-3°(コロイダル×-8.8gain車仕様)
疑問に思ったことがすぐにアウトプットできるのがCarSimの利点
VMC:ご研究においてCarSimはどのように使われていましたか?
武馬氏:現在、アクティブサスを搭載して逆ロールで走行する自動車は、欧州製の高級車のごく限られた車種に限定されてしまいます。実走行で実験しようと思っても、実現は不可能に近いのです。CarSimを使ってシミュレーションすることで、検討したいことがすぐに実行できます。さらには、ドライビングシミュレータとしてシートやハンドル、インパネなどを装備すれば、実際の車に近い条件でさまざまな検証を行うことができます。
サスペンション部品の特性が変わったときに車として安全かどうかの研究を企業と共同で行いましたが、CarSimを使えば、実車走行ではできないことでもパラメータを変えることで実験できます。すぐにアウトプットが得られるのが利点です。学生も、自分でパラメータを変えて検証ができ、自分で車の挙動などの結果が出せるので、面白くなり、研究を続けています。
設計に関わる技術者にも有効なシミュレーションソフト
VMC:設計に関わる技術者にシミュレーションソフトをもっと使ってもらうにはどうすればよいでしょうか?
武馬氏:シミュレーションは主に、実験解析部署での使用が中心となっている日本の自動車開発ですが、設計部署でシミュレーションを使うことも有効です。ジオメトリをこういうふうに変えると、車の運動性能がこう変わる、限界性能がこれだけ上がる、ハンドリングの回頭性がこれだけ上がる、と設計諸元の検証をするときには、サスペンションの検証ツールとしてCarSimは有効と思います。アニメーションが優れているし、アピールするという点でも非常に有効ですね。
サスペンション機能は安全性能
VMC:最後に、ご自身のご研究とアクティブサスの開発についてお伺いします。
武馬氏:欧州のアウトバーンやベルジャン路などで根付いた「道に育てられた」サスペンションの考え方は日本と全く違っています。安全は命につながりますから最優先に位置付けています。そのなかで、サスペンション機能は安全性能に直結しますので、妥協なく、その性能の追求がやむことはないのです。高価で、重く、燃費に悪影響を及ぼすアクティブサスの開発についても同じ考えで、安全性能をさらに高めることと、そのアクティブサス車にしかできない機能・特徴を追求すること。それを通して、自分たちの技術ポテンシャルを最高にすること、そういう熱意が欧州のカーメーカとサプライヤーにはあります。近大高専にはバイタリティのある人間力の高い優秀な学生が集まります。卒業後、それぞれの道で、熱意を持って研究を続けていってほしいと思います。
■ 近畿大学工業高等専門学校について
近畿大学工業高等専門学校は、赤目四十八滝や青山高原などの自然豊かな景勝地に囲まれた三重県名張市にあります。「実学教育と人格の陶冶」を建学の精神に掲げ、学生は、充実した教授陣の下で実践的な学問を学んでいます。
■ 武馬修一氏 プロフィール

香川大学 博士後期課程2009年3月修了、博士(工学)
1970年4月トヨタ自動車工業㈱(現トヨタ自動車㈱)入社、主幹、2013年3月退職。
2013年4月より近畿大学高専 総合システム工学 教授 (2017年4月より現在まで客員教授)
【職歴】
トヨタ自動車株式会社シャシー設計に所属し、セリカ4リンク、セミトレの基本サスペンションを担当後、1986年ソアラエアサスペンション、1989年セリカアクティブサス、2005年Lexus GSアクティブスタビライザサス、2009年電動式アクティブサスの開発を担当。 退職後、近畿大学工業高等専門学校にて教授と客員教授に渡ってCarSim DSを使用し、「システム設計と人間と車両運動特性の解析」の卒業研究と振動工学を担当。
2011年JSAE Fellow & Fellow Engineer、2014年JSME Fellow。
【受賞歴】
2007年日本機械学会賞、2012年自技会 浅原技術功労賞、2012年FISITA Outstanding Paper Award
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武馬氏が講師を務める「『車両運動力学の基礎』トレーニング講座」は、開発中の車両システムが最終的に車両全体にどう影響するのか?ということを学ぶ全10章からなるオンデマンド講座です。車両設計や開発に携わる技術者の方のご参加をお待ちしております。